『カイロプラクティック』とは
背骨や骨盤を中心に矯正していくことに加えて、食事、運動など生活習慣をトータルに改善しながら症状の緩和を目指し、健康な体づくりに取り組むものです。
カイロプラクティックはアメリカ発祥の施術法で、アメリカでは国家資格となり、「医療」とされています。
自分の介護士としての経験や体幹トレーナーとしての資格も生かして、総合的に考えて患者さん一人一人に合わせた施術を行います。
ただ筋肉を揉めば良いという外部的なものではなく、「なぜその状態になったのか」をしっかりと問診し、それから施術に入ります。
技術はあくまでもおまけ。生活習慣を改善していかなければ根本的な体の改善は見込めません。
体の根本をケアしていくことで、側弯症等の改善だけでなく、軽度認知症やアルツハイマー型認知症、睡眠時無呼吸症候群など、あらゆるお体の不調の改善も見込めます。
こんな方に利用されています。
様々な分野の方々をケアさせてもらっています。
- 膝や腰などの関節の調子が良くない高齢者
- 産前・産後の女性
- 美しい姿勢作りがしたいダンサーや体操選手
- コリからの頭痛にお悩みの方
- デスクワークにより血流やリンパの流れが悪くなっている方
- 重労働で体を酷使されている土木作業員
- 社会人プロレスラーなどのスポーツ選手
- スポーツを指導するスポーツトレーナー
カイロプラクティック技能講習について
最近ではもっと技術を向上させたい、学びたい、カイロプラクティックを仕事にしたいという方の指導・育成もさせてもらっています。
代表カイロプラクター中川隆
学生時代について
中学生の時に卓球をやっていたんですけど、引きこもりになってしまい中学校へはあんまり行ってないんです。
でも祖母が大切に育ててくれてこのままじゃいけないと思い、高校は定時制に通って生徒会長をするくらい頑張りました。
そのころ僕は人と話すのが苦手で、その苦手を克服しようと始めたのが服屋の仕事で週5回は働いていましたね。
そんな中で、本当に偶然介護の仕事に巡り合いました。
介護の仕事へ転職
私は以前、介護福祉士として介護の現場で仕事をしておりました。
5年間も介護の仕事をしていると、家族より一緒に過ごす利用者の方に本当に情が湧いちゃって、「肩が痛い」「腰が痛い」って言うおじいさん達をさすってお話を聞いて、「楽になった」と言われてても、本当の意味では痛みは良くなっていないんですよね。
僕はそういう方々に、どうアプローチすればしたらいいのか勉強したいと思うようになりました。
そして、地域の様々な現状を知り、地域活性化の為に自分に何か出来る事はないかと考え、
① 健康寿命を延ばす事
② 医療費・介護費の削減を目指す
まずは看護師になり予防事業をする事を目標に決めました。
日々、受験勉強をして将来の学費を貯めながら生活をしておりました。
運命を変えた事故
そんな矢先に追突事故に遭い世界が変わりました。
常に頭がボ〜ッとして勉強に集中できず、首は痛く湿布が欠かせなくなりました。
全体的に辛くて、しんどくて、仕事以外の時間はずっと横になっている日々。
薬を服用すると眠気でもっと頭がボ〜ッとなってしまいます。
病院で相談するも「これ以上は良くならないので、つき合って行って下さい」との返答。
その後は1年の内362日くらいは頭が痛いし、足を引きながら仕事して、利用者の方に心配されたり。
結局、足を引きながら2年半、病院や整体などいろいろな所で診てもらいましたが全然良くならない。
カイロプラクターへの道
「自分はこのままの状態で人生が終わってしまうのか?いや、このままではダメだ!どうにか、どうにかしなくては!」
そこで、「人が良くしてくれないなら自分でやってやる!!」という想いで色々と調べ、勉強し、たどり着いたのが身体を整える事でした。そこから
そしたら今では普通に歩けるようになってます。
アメリカ修行へ
技術を学ぼうと思い渡米。3週間ないくらいでしたが、本当に面白かった!!
日本ではカイロプラクティックは国家資格ではありませんが、アメリカでは「医療」として認められています。
だから絶対アメリカに行って本物を学び、関わらなければいけないと思っていました。
本場の大学に行って、レントゲンの見方やアプローチの仕方、筋肉の細かいところまで学び、「どうして体がそうなるのか」を考え、実際に現場の意見を聞き、とても有意義な時間でした。
でも実際アメリカに行って2、3日は、正直凹んでいました。「僕はなんて見えていなかったのだろう」「今まで何をしてきたんだろう」ってね。
しかし、凹んでいる場合じゃない、しっかり学んで日本に持ち帰ってからも学び続けないといけないという思いに変わっていきました。そして今も生涯学習と思って勉強を続けています。